2011年11月28日月曜日

行く前に③

海近くまで移動して車を降りて、住宅街だったんだろう場所を歩いた。カメラを持って歩いてる人とすれ違って挨拶をする。

「すごいね...」

それ以外の言葉が出なかった。とにかく言葉無く歩き、写真をどんどん撮った。

撮った写真はアメリカに持って行く。現実を見てもらおうと思って。





人工物は殆ど壊れてしまっていたが、木は残ってた。 



 あんな高い位置にコンクリートが。そこまで津波が来たってこと?





2011年11月18日金曜日

行く前に②

仙台に着いたのは朝の5時とかだったんで、ボランティア受付開始まではまだ時間が有った。

「もっと海のほうに行ってみます?」

そんな話になってバスを海の方に走らせて行った。

途中でも信じがたい光景が...




日常が戻りつつあった仙台で、すぐ隣にこんな光景が有った。

海の砂ですね。ここにあるはずのない砂。

さらに車を進めていきます。道路だけは整理されてたが、道路の両脇はがれきがそのままで。


進むにつれて、匂いもだんだん凄くなってくる。

2011年11月5日土曜日

行く前に

もう長い間、ヒマとかやることが無いとかの状況を味わって無いんだが、渡米前はさらに忙しくなった。準備はとにかくとして、3ヵ月の不在状況を作る為には仕事を沢山しないといけない。

そんな中で、どうしてもやっておきたかったことが有った。それは自分にとってとても大事なこと。

被災地に行って、とにかく自分の目で見てみたい。そしてなにか力になりたい。

地震後は10万程だが赤十字を通じて寄付もしたし、都庁を通じて物資も送った。あと俺レベルで出来るのはボランティアワークだけ。

で、5月半ばに常連客(リョウタロウ)を道連れにして行ってきた。予定をムリくり調整して&してもらって、日曜の仕事後に作業してたツナギをそのまま積んで、日が変わった頃にその常連のバスで仙台に向けて出発した。行先決めや段取りは、その常連客が全部やってくれた。

真っ暗な東北道をひたすら北上するが、福島に入った辺りで道路の修復がまだ終わって無くて、段差だらけだった。「段差注意」みたいな看板が沢山出てたんだが、ドッカンドッカンいいながら走るのはあまり気分の良いものではなかった。

途中まで楽しくお話ししてたんだが、ベッド(バスはハードトップキャンパー)で横にならせてもらった。さすがにおっさんになるとムリはきかない。

空が明るくなってきた頃に仙台に着いたが、そこでニューズで見た光景を自分の目で見れた。





もうね、涙が出そうになるだけ。その時の感じた気持ちを上手く言葉で表現できない。

朝の空気の中、2人で茫然とした。

2011年11月4日金曜日

行こう

生きているうちにやりたいことやろう。


震災後にその思いがどんどん大きくなって行くにつれて、4月頭には夢だった長期渡米をしようと決めた。


決めても、その目の前には現実がある。店をどうするのか?


面倒みているお客さんはどうする?車検が来ちゃったら?車が壊れちゃったら?


収入も無くなる。収入は無くなるが家賃等の固定費は払わないといけない。


...。


ざっくりと計算してみる。色んなことを考えてみる。考えてみても、やはりそれはとてもムリっぽい感じで。




でね、そういう時はとりあえず身近な人にね、言っちゃうんだよ。「3ヵ月くらいアメリカ行っちゃおうと思ってるんだ」って。そして、それをどんどん広げていく。


そうするとね、それをやらなきゃいけなくなる。しかも話が段々と整理されてくる。


自分に引っ込みをつかなくしちゃえばいいんだよ。そして有言実行すればいい。


身近な人から初めて、来店する人に伝え始めて、TELで話す人にも話して、付き合いの有る業者に説明をして、USの取引先や友人にも伝えて、そして最終的にホームページで発表した。


営業を止めるに当たって、面倒みているお客さんのトラブルが有った時には仲間の業者が助けてくれることになった。そしてGENが週末だけ店を開けてくれることを承諾してくれた。ヘルパー(常連客)の皆を呼びつけて、GENのヘルプをお願いした。


別の大きな問題としては金だ。とにかく金が必要だ。遊びに行くわけでは無いんで仕入れの金も必要だ。


皆さんに利用してもらえてるおかげで店の売り上げはずっと伸びてる。そして4月と5月はそれまでで過去最高の売り上げを出した。


「実行出来ちゃう?」


色んなことをクリアして、実行に向けて話を進めていったんだよ。


あとは猫。ぺロちゃんをペットホテルに3ヵ月預けるなんて考えたくもない。誰かに預かってもらわないといけないが、それはいつもの常連さん夫婦が引き受けてくれた。


写真はもう12年前にぺロが旧マイボウズに来たばかりの頃の写真です♪


まだ小さくて首輪がでかすぎてるね。

2011年10月28日金曜日

311


写真は3月11日の地震後に南方向を撮った写真です。白い煙の塊がどんどん大きくなっていった。いまだにコレがなんだったのかわからないけど、その時はすごい恐怖を感じた(千葉のコンビナート火災?)。

あの地震の後の状況は今までに味わったことのない経験で、俺は人一倍ダメージを受けてしまった。物理的にはなくメンタル的に。あの日本中が沈み込んだ2週間は、今思い出しても気が滅入る。

いつなにが起こるかなんてわからない。普通に生きてる人生が突然終わっちゃうかもしれない。それを本気で実感出来る事柄だった。

俺はやりたいことをやれてきた部類に入ると思う。自分で店を持ち、好きなことを好きにやってる。乗りたい車にも乗れてるし、なにより自由だ。社会生活で許されないくらいの、隠せないくらいのイレズミ入れちゃったけど、国内外とビジネスをして、日本国に納税して一般人やれてる。

それでもだ。やりたくても出来ないことはまだまだ沢山ある。

そして、それをやらないで終わりたくない。本気でそう思った。

毎年5~6月は仕事で渡米する。取引先を回ったり、買付したり、VWイベントに行ったり。長くて2週間くらい。もう10年以上続けてきた。

2週間が店を閉める限界だし、それでも通常業務にダメージが出てた。

中卒でブルーカラーの俺は、英語なんて全然勉強してこなかった。渡米し始めてからは興味を持ったが、適当な英語でもビジネスは出来てきた。でも、それに限界を感じた2年くらい前からは本気で学んできた。ホントに頑張って。

殆どゼロからのスタートだからどんどん成長はしてきたが、やはり限界は有る。日々、英語が有るほうな生活をしているが、普段の生活で学ぶには限界がある。特に理解してくればしてくる程、英語を使うのが余計に難しくなってくる。

英語しか無い環境に身を置いてみたい。簡単にいうと留学してみたい。それは以前からやりたくてもやれなかったこと。

普通、この歳で自営で一人で店やってたらそんなこと出来ない。出来るわけがない。2週間店を閉めるので限界だったんだから。

たった3ヵ月だが、それを実行してきた。出来るわけ無いって思ってたことを。

震災のおかげで。

とにかくだ。震災のせいでマイナスになってしまった俺の2011年を何とかプラスに持っていきたかったんだよ。